大判例

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福岡高等裁判所 昭和59年(ネ)579号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

熊本県

右代表者知事

細川護煕

右訴訟代理人

本田正敏

益田敬二郎

外五名

被控訴人(附帯控訴人)

式倬史

右訴訟代理人

小泉幸雄

諌山博

上田国広

小島肇

林田賢一

内田省司

田中久敏

井手豊継

椛島敏雅

田中利美

山本一行

吉野高幸

前野宗俊

高木健康

中尾晴一

配川寿好

住田定夫

臼井俊紀

横光幸雄

尾崎英弥

安部千春

田邊匡彦

馬奈木昭雄

下田泰

稲村晴夫

永尾廣久

堀良一

杉光健治

立木豊地

小野山裕治

吉村拓

辻本章

池永満

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求及び附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人・以下「控訴人」という)は主文同旨の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人・以下「被控訴人」という)は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴として「原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し金八〇万円及び内金五〇万円に対する昭和五七年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(但し、原判決三枚目裏七行目に「同3は認める。」とあるのを「同3は争う。」と改める。)。

(控訴人の主張)

原判決は、要するに本件捜査の当時、控訴人主張の犯罪の嫌疑について相当な理由があることを認め得べき証拠の提出が全くないので、裁判所としては、右相当の理由の存否を判断する由がないというにある。

控訴人が原審で証拠の提出をしなかつたのは、本件捜査の端緒となつた資料の提供者の保護を主眼とするものであつたが、当審における控訴人の立証によつて、本件捜査が適法であつたことは明らかというべきである。

(被控訴人の主張)

控訴人の右主張は争う。

被控訴人が本件違法な捜索によつて被つた精神的苦痛は到底原審の認容額によつて慰藉されないものであつて、原審主張の損害は最低限度の賠償要求である。

証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本件令状の請求及びこれに基づく捜索が違法であつたか否かについて判断する。

〈証拠〉を総合すると次のとおり認めることができる。

1  訴外住田さとみは自宅や人吉市内でピアノのレッスンをしているピアノ教師であるが、友人米村実枝子から、弦楽器を中心とする音楽の個人教授を職業としている被控訴人を紹介され、昭和五七年二月下旬頃より、被控訴人方を訪ねて陶器製作の依頼や、音楽の合奏などをし、同年四月二九日から正式に被控訴人に就いてギターのレッスンを受けるようになつたが、被控訴人方を訪ねるようになつてからまもなくの三月頃、被控訴人の家で二人きりの時に、大麻混り煙草を吸つてみないかと誘われ、必死の思いで断つた。

2  住田さとみは、同年三月頃までは田上久人と親しく交際していたが、被控訴人から大麻混り煙草の喫煙を誘われた後の同年三月、田上久人と会つたとき、被控訴人から大麻混り煙草を吸わないかと誘われたこと及びこれを必死な思いで断つたことなどを話した。

3  熊本県警察多良木警察署防犯係長警部補有働博秀は、同年四月二七、八日頃、球磨郡内の喫茶店主から「大麻がありよるですよ、その話を知つている人がおるので会つてみないか」と言われ、同月三〇日、田上久人(控訴人は情報源は捜査上の秘密として、情報提供者を明らかにしていない。)からその知人の女性が被控訴人から大麻を吸つてみらんねといつて煙草みたいなものをすすめられたこと、被控訴人には音楽仲間が海外旅行等をした時に持つてくるということでいつでも大麻入り煙草が手に入るそうであることの聞き込みを得たのでこれを捜査報告書に作成し同警察署長に報告した。

4  そこで、多良木警察署においては、人吉市役所に対して被控訴人の在籍照会をなす一方被控訴人の風評等についても聞込みを行つたが、更に、同年五月四日、有働警部補は田上久人に多良木署に出頭して貰い、被控訴人の大麻取締法違反の被疑事実につき参考人として取調べ、その供述調書を作成し、その供述調書の要旨、供述の信用性、強制捜査の必要性等を記載した同月一〇日付の捜査報告書を作成して重ねて同警察署長に報告した。そして田上久人の供述の要旨として右捜査報告書に記載したところは、「本年の四月一一日自分のガールフレンドである住田さとみがバイオリンの個人レッスンを受けている式音楽教室から帰宅するなり、本日(四月一一日)午後二時ころバイオリンの個人レッスンが終り一人で居る時、被控訴人から大麻を吸つてみらんねと誘われたことを自分に話した」というものであつた。

5  有働警部補は、住田さとみと接触して田上久人の右供述の確認をとることも考え、同人に佐田さとみに会つて情報の確認をとることにつき協力方を要請したが、同人から住田さとみは現在でも式音楽教室に行つているので、情報が被控訴人に漏れる危険があるといわれ、大麻取締法違反の罪証が湮滅しやすく、田上久人の供述だけでも十分控ママ訴人の容疑事実についての嫌疑があると判断しうるという考えから、住田さとみに田上久人の供述内容につき確認することはしなかつた。

6  同年五月九日、仮名であつたか田上久人名義であつたかは不明(控訴人が捜査上の秘密として明らかにしない。)であるが、田上久人の筆跡によるものと認められる葉書が多良木警察署に配達された。この葉書には「私は人吉市西間下町にあります式バイオリン教室に通つていますが、ここの式先生がマリファナパーティをしています。マリファナはいけないのではないでしようか、私の岡原にいる友達もすすめられたといつておりました。」との記載があつた。

7  多良木警察署次長警部田上國登は、有働警部補らの作成した前記の捜査報告書二通、在籍照会書、投書された葉書、参考人田上久人の供述調書のほか、被控訴人の風評についての聞込み捜査の報告書、被控訴人が大麻取扱免許該当者ではない旨の熊本県薬務課の回答を記載した電話録取書等を総合検討し、被控訴人に大麻取締法違反の容疑事実があり、強制捜査の必要があると判断し、同年五月一二日人吉簡易裁判所に対し犯罪事実を「被疑者は法定の除外事由がないのに昭和五七年四月一一日午後二時ころ自宅である人吉市西間下町二二四番地において、大麻混り煙草若干量を所持していたものである。」とし、控ママ訴人方居宅及び付属建物を捜索すべき場所とする捜索・差押及び控ママ訴人の着衣並びに所持品を捜索すべき身体若しくは物と特定した捜索・差押の各許可状の発付方を申請し、同簡易裁判所裁判官藤木長利発布の右各捜索・差押許可状により前記当事者間に争いのない事実のとおり、被控訴人方居宅、所持品等につき捜索したが差押えるべき物は発見されなかつた。

8  なお、田上久人は被控訴人のバイオリン教室に通つたことはなかつたし、住田さとみとの仲も、同年三月末頃から思わしくなくなつて同女から交際を避けられるようになつており、同年四月一一日(被控訴人が前記捜索・差押許可状請求書において、大麻混り煙草を不法に所持していたとされた日)住田さとみが、米村圭介、迫田重光らと共に、被控訴人の窯焼きを手伝つていたのを離れた処から望見していたことがあつたが、住田さとみがその日、被控訴人から大麻混り煙草を吸わないかと誘われたことはなかつた。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。当審における被控訴人本人尋問の結果中、住田さとみに大麻混り煙草を吸わないかと誘つたことはない旨の供述部分は、当審証人住田さとみの証言と対比し措信できない。

三司法警察職員等の捜査機関が、捜索・差押等の強制捜査をなすには、捜索・差押許可状の発布を受けているほか、右許可状の申請時及びその執行時に犯罪の嫌疑と捜索・差押の必要性が具備していることが要求されるが、右認定の事実によると、被控訴人が、事実、大麻混り煙草を所持していたか否かにかかわりなく、前記捜索・差押許可状の申請時及びその執行時に、被控訴人は大麻混り煙草不法所持の嫌疑があつたものと認めるのが相当である。けだし、捜索・差押は、逮捕などのより強力な強制捜査をなす前提として証拠を蒐集する必要上行うこともあるのだから、その時点における犯罪の嫌疑は、逮捕の場合に必要な相当な嫌疑までの必要はないからである。なるほど、被控訴人が大麻混り煙草不法所持の嫌疑を受けるに至つたのは、有働警部補の田上久人からの聞込み及び同人の供述が基本であるところ、同人の供述は、いうまでもなく伝聞供述であつて、住田さとみが被控訴人から大麻混り煙草を吸わないかと誘われた日が事実と異なつているほか、同人筆跡と認められる前記葉書の「私もバイオリン教室に通つている」と記載された個所も事実に反しているが、住田さとみが被控訴人から大麻混り煙草を吸わないかと誘われたという主要な供述部分は、事実を伝えていたものであるから、田上久人の供述が、被控訴人の大麻混り煙草不法所持の嫌疑を認定するための資料として否定さるべき理由とはならないというべきである。そして、捜索・差押の強制捜査の必要があつたことは被控訴人が嫌疑を受けた犯罪事実の内容や前記認定の事実によつて認めることができる。

そうだとすると、有働警部補ほか八名の警察官が、捜索・差押許可状に基づいて被控訴人方居宅及び着衣や所持品についてなした本件捜索・差押を目して違法な強制捜査ということはできない。

四よつて、被控訴人の本訴請求はその余の事実につき判断するまでもなく失当としてこれを棄却すべきであるから、原判決中控訴人の敗訴部分を取消して被控訴人の請求を棄却し、また被控訴人の附帯控訴も理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(西岡德壽 岡野重信 松島茂敏)

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